空撮 廿五里城 / 廿五里南・北貝塚 (1974年)
千葉市若葉区東寺山町・源町字廿五里 
国土画像情報(カラー空中写真)(c)国土交通省撮影縮尺1/8000 400dpiを50%縮小

 貝層分布図・説明詳細→
廿五里南貝塚
 廿五里北貝塚
   @園生貝塚研究会

zoom in 画像
■空撮 廿五里南貝塚(廿五里城
■空撮 廿五里北貝塚
■千葉東部(北西) 
国土地理院 1/25000  
北緯35度38分14秒,東経140度8分23秒

  • 写真左側、東に突き出した箱型の台地が「廿五里」(つうへいじ)という難解な地名が伝わる地である。今日では周辺住民には殿山ガーデンの台地といった方がわかりやすいか。紅嶽弁天付近を水源とする葭川支流により開析される廿五里支谷が廿五里の台地を迂回しながら南にのびる。廿五里支谷は、ホタルが自生する自然豊かな典型的な谷地であったが、1974年の写真撮影時点ではすでに埋め立てられており、上流部分(現都賀の台1丁目)は分譲地に変貌している。
       
  • 廿五里の台地上には、浅い谷を隔て約100mの距離をおいて廿五里南貝塚廿五里北貝塚という二つの巨大貝環状塚が並存する。二つの貝塚はいずれも縄文中期・後期を中心とする貝塚で、時期的に重なり、一体と捉えられる。巨大貝塚の近接・並存という現象は、千葉貝塚(貝塚町貝塚群)は別格として、ほかに加曽利南・北貝塚月ノ木貝塚・へたの台貝塚有吉南・北貝塚などで見られるだけである。
                  
      
  • 廿五里南貝塚・北貝塚の台地は廿五里城跡でもある。別称、廿五里砦、殿山砦。園生貝塚研究会は城域を廿五里の台地全体と見ており、北西の北前原城(館)付近までにおよぶ可能性を指摘している。最終的には戦国期の城であるが、鎌倉時代の在地領主の城館から拡張発展したものである可能性がある。
      
  • 写真右にゆるいカーブを描く南北の道路が見える。千葉佐倉間をつなぐ中世の街道(近世における名称は北年貢道)である。廿五里城内へ分岐するY字路付近がかつて「夫婦坂」と呼ばれた急坂で、難所であった。明治23年(1890年)、強盗がここで現金輸送の一団を襲い、鈴木清助巡査が殉職した事件が知られている。通行者にたいする「絶好の攻撃ポジッション」外山信司1996の眼と鼻の先に位置したのが、廿五里城であった。
       
  • 戦国期には、北年貢道を北上してくる里見・正木軍の侵攻にたいする千葉氏側の備えの城であったろう。外山信司1996は、廿五里城について、北年貢道を押さえ、最前線の高品城を後援する役割を負った千葉氏系の城と位置付け、古文書に現れる、大須賀薩摩丸が在番した寺山城に該当すると推測する。
       
  • 殿山」の地名が伝わっており、地元では以前より城跡として認識されていた。現在もバーベキュー施設「殿山ガーデン」の名を通じて地元民に親しまれている。なお付近に千葉家の子孫で戦国期に廿五里に定着したという家伝をもつ家がある。
       
  • 写真下台地南側の山林の箇所に土塁・空堀・塚墓などが残る。上記の写真からもある程度その存在をうかがうことができる(拡大画像→ ■空撮 廿五里南貝塚)。
       
  • 台地南縁部分は1983年千葉都市モノレール建設のため削られた。建設に伴う調査で、台地南縁の箇所は当初墓域であり、戦国期16世紀後半、城郭として整備されたことが明らかになった。塚墓から「建武元年」(1334年)の紀年銘のある板碑、浄土経信仰をうかがわせる無量寿経の一節をかいた墨書土器が出土したほか、土塁・空堀・虎口などが検出された。(→■モノレール遺跡群千葉県の文化財
     
  • 城域内には、時期不詳だがかなり古い馬頭観音、寺院(地蔵堂)、仏像などの文化財があり、廿五里城と関連する可能性がある。
         
  • 「廿五里」(つうへいじ)という難解地名に関しては諸説あるが、つうへいじ=千葉氏の家臣、通平寺氏というよく知られている説は維持できないだろう(通平寺氏はいつどこに存在したのか?)。諸説の中では、つうへいじ=つきひじ=築比地=築地という理解が無難だろう。ではなぜ「廿五里」と表記するのか?よく言われるように鎌倉から二十五里だからか?鈴木文雄1984が墓域・浄土経信仰の点から解明を試みている。
                            
    (参考) 
    参考文献はこちら。 原則として 著(編)者名+発行年 で引用。

    ■廿五里南貝塚 ■廿五里北貝塚園生貝塚研究会
    ■みつわ台周辺―2.廿五里南・北貝塚と廿五里城 
    ■千葉の貝塚研究今昔3:廿五里南貝塚―35年前の発掘に学ぶ
    千葉市の遺跡を歩く会
    千葉市の貝塚 
    ■モノレール遺跡群千葉県の文化財
    ■千葉市の散歩道・地図(PDF) ■武田宗久解説(PDF)< ■みつわ台周辺の遺跡をを訪ねるコース
    千葉市のホームページ 
    (^^)殿山ガーデン ←遺跡見学も兼ねて炉辺焼き、テニス、乗馬が楽しめます。


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