2005年12月4日(日) 於:千葉市生涯学習センター大研修室

鈴木 正博(早稲田大学 文化遺産アーカイブ研究所)

【市民の、市民による、市民のための貝塚学再構築】

千葉の貝塚研究今昔 (第3回)廿五里南貝塚―35年前の発掘に学ぶ―

 

1.序−「遺跡を歩く」という考古学の構え−

【「遺跡を歩く」入門編】  ◎知識の整理と遺蹟・遺物の体感が、考古学を知る第一歩!

【「遺跡を歩く」基礎編】  ◎知識の整理に加えて方法の訓練が、考古学を学ぶ第一歩!

<【入門編】に至る学問的背景の理解>

【「遺跡を歩く】実践編】  ◎個別の目的と方法の適用による問題解決が、考古学を実践する第一歩!

<【入門編】や【基礎編】の知識は全体のごく一部であり、研究領域の多様性を追求>

【「遺跡を歩く」研究編】  ◎課題認識とその解明方法構築が、考古学を研究する第一歩!

<【実践編】の研究領域を検証・深耕し、研究の将来性を展望>

1−1.貝塚研究の歴史から、「遺跡を歩く」という考古学を見つめ直す

【「遺跡を歩く」入門編】 1.モース以前と以後、その後の人類学

2.先史文化と貝塚の層序

<今回の導入テーマ> 3.先史地理と貝塚の形成環境   ←東京湾の貝塚の特徴を押さえる!

<今回の中心テーマ> 4.先史集落と貝塚の形成プロセス ←今日、廿五里南貝塚を歩く前に!

5.先史経済と生態の相互作用としての貝塚文化

1−2.貝塚研究の体験から、「遺跡を歩く」という考古学の意義を考える

【「遺跡を歩く」基礎編】 1.不備の認識:聞き取り調査などによる新たな発見と欠落している情報の認識

2.方法の習得:具体的な比較研究による自己の位置付けと新たな視点の形成

1−3.貝塚研究の現状から、「遺跡を歩く」という考古学の重要性を再認識する

【「遺跡を歩く】実践編】 1.多様化細分化された研究をアナログとして可視化統合するための研究基盤

2.神尾明正からの贈り物:  “Study nature! Not books!

1−4.貝塚研究の展望から、「遺跡を歩く」という考古学の社会への貢献を実践する

【「遺跡を歩く」研究編】 1.CRM(文化遺産を活用した地域経営)の推進:遺跡の考察から地域の研究へ

2.パブリック・アーケオロジーの確立:単眼(専門馬鹿)から複眼(多様性共存)へ

 

2005年12月4日(日) 於:千葉市生涯学習センター大研修室

鈴木 正博(早稲田大学 文化遺産アーカイブ研究所)

2.廿五里南貝塚研究の今昔から―35年前の発掘に学ぶ―

2−1.列島の貝塚群の中で千葉市における貝塚群の特徴を学ぶ

      ●関東地方という地理的な特徴によって千葉市の貝塚を理解する。←(今回は詳細省略)

・広大な内彎水域の形成により、内彎砂泥底貝と魚類、汽水種も含めた資源の有効活用

         ★列島の貝塚地名表と食料総説が必須!

 

●漁労・狩猟活動における地域性として関東地方及び千葉市の貝塚を理解する。←(今回は詳細省略)

         ・草創期から晩期まで時期別に地域性として特徴のある漁労・狩猟活動を示す貝塚の性格を分析する。

         ★発掘調査によって貝塚の年代と内容を明確にした研究の成果が必須!

 

      ◎列島の貝塚群を主体貝種によって分類し、その特徴から千葉市の貝塚群を理解する

         ・「遺跡を歩く」ことでかなりの情報が得られる基礎的な作業。印旛沼方面にも東京湾の貝が運ばれてい

ることが注目を浴びている。

         ◎金子浩昌(1980)の資料で理解を深める。

 

2−2.千葉市廿五里南貝塚の発掘調査(縄文時代中期後葉の貝層と住居址)に参加して

      ●初めて貝塚の調査に参加した大学1年生の発掘日誌から一部を紹介。

         ・発掘日誌(昭和47年3月25日)の頃の面影は現存しているか?

 

      ◎宍倉昭一郎による『千葉市史 第1巻』(1974)などへの報告内容を紹介。

         ・廿五里南貝塚の調査は廿五里北貝塚との集落論的関係を解明するための第一歩

          千葉市貝塚群の大きな特徴は、加曽利貝塚と同様に「隣接配置形態環状貝塚」の形成にあり、年代的

推移と土地利用形態の双方から接近し、集落論として解明する必要がある。

         ・縄文時代中期「加曽利E1式」前後の「有段竪穴住居址」の検出(当時としては報告例が殆ど無し!)

         ・有段竪穴住居址の廃屋状態を利用した熟年女性の「甕被り屈葬」の検出

 

      ◎後藤和民や宍倉昭一郎によって貝塚を集落としてとらえる地域研究が定着し、『千葉市史 第1巻』では

基礎資料の整備が進められた。

         ・千葉市の貝塚群の年代的地域的動向など、「遺跡を歩く」ことによる成果が重要な役割を果たしてお

り、特に千葉市立高校社会研究クラブ歴史班で活躍した日暮晃一が纏めた葭川流域の遺跡分布

調査は、当時において他に追随を許さない精度で踏査・資料化され、今日の研究の土台となった。

 

2−3.関東地方縄文時代中期中・後葉における集落施設や集落構成の地域性と多様性

     (1)神奈川県における丘陵上立地型集落の典型例

          ◎横浜市神隠丸山遺跡:集落の構成と年代的編成に伴う土地利用の変遷が理解しやすい調査事例

     (2)千葉県における台地上立地型集落や住居址・埋葬様式の典型例

          @松戸市子和清水貝塚:神隠丸山遺跡の集落構成と比較すべき台地上立地型集落の調査事例

          A松戸市中峠貝塚:「廃屋墓」に観るヒトとイヌの調査事例

          B市川市姥山貝塚:縄文時代中期の「廃屋墓」と後期の「埋葬人骨群」

          C鎌ヶ谷市根郷貝塚:「阿玉台式」から「加曽利E式」にかけての住居址形態の変遷と「廃屋墓」

          D船橋市高根木戸貝塚:神隠丸山遺跡や子和清水貝塚・草刈貝塚の集落構成と比較すべき台地上

立地型集落とイヌの埋葬の調査事例

          E千葉市蕨立貝塚:「阿玉台式」主体の住居址(含む「有段竪穴住居址」)群検出の調査事例

          F市原市草刈貝塚:神隠丸山遺跡の集落構成と比較すべき台地上立地型集落の調査事例

以 上          

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