大椎城周辺の景観


小山城
 (全景・南側より)

   

 

*文字を明瞭に出すためPNGファイルを使用。減色。
 画像は粗くなっています。

板倉砦 ← 向砦 本納城(茂原市公式ページ 金堀城(準備中)→ 

土気城郭マップ

 

■ 小山城 

 ―内房・外房ルートの要地を押さえる土気酒井氏の支城か


  千葉市緑区小山町(・あすみが丘9丁目)。多郭式。土塁・空堀・腰曲輪・平場遺構・郭など。開発された部分は発掘調査がなされた(小山遺跡)。

 土気城の西約3km、大椎城の南東約1.2kmの台地南縁に位置しており、直下を小食土に発する村田川支流が流れる。この支流を遡り小食土を越えれば、外房に注ぐ南白亀川水系に出る(→内房・外房最短ルート。南には柴名(千葉県茂原市)をへて本納(茂原市)にいたる古道が通る。小山城もまた向砦・板倉砦などと同様、陸上・河川の交通路を押さえるとともに本納城方面からの侵攻を意識して築城された城であろうか。
 ※現状では、支流の「本流」は写真範囲外左方の柴名方面からの谷から流れ込む流れの方である。

 ※千葉市1985では保存状態の欄に「湮滅」とあるが、まだ遺構は残存していると思われる。
 ※余湖くんのホームページが当城を含む関係城郭を網羅しているので参照されたい。

 
土気・本納の合戦
 
●本納城 →茂原市公式ページのほか、『房総の城郭』該当ページなど。
 
●内房・外房最短ルート

板倉砦 ← 向砦 本納城(茂原市公式ページ 金堀城(準備中)→ 

大椎城周辺の景観 ―村田川上流城郭群

 

タイトル 撮影地点(小字・旧地名) 大椎城主郭からの方角 撮影方向 主要対象
●大椎城 前田 大椎城ほぼ全体、大椎根古屋集落
●大椎城と立山城(1) 大椎橋西方(町田・崩ノ下境界) 南西 大椎城、村田川、立山城、御堂崎城跡、城谷台物見跡
●大椎城と立山城(2) 新大椎橋(城ノ谷) 北西 大椎城、村田川、立山城
●村田川防衛網(重要交通路をまもる城郭群) あすみが丘西南端(榊畑) 北西 大椎城、御堂崎城跡、立山城、八幡砦
●八幡砦下より見た立山城 八幡砦下(大門)
北緯35度31分28秒,東経140度15分0秒
北西 立山城、御堂崎城跡
●向砦(1) ―板倉砦側より 板倉砦北側下 
村田川支流右岸
南 約900m 向砦、小山城。
向砦の位置:北緯35度30分37秒,東経140度15分24秒
●向砦(2) ―大椎城側より 大椎城前田 南 約300m 向砦、板倉砦
●小山城(ここ) 宮田 南東約1.2km 小山城、向砦
●板倉砦 板倉前 南 約1.5km 板倉砦、亥ノ台城。板倉砦の位置:北緯35度30分26秒,東経140度15分18秒
●金剛地砦 (未完) 市原市・千葉市境 南南西
約2km
金剛地火の見

 

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土気の南西の守りの中核、大椎(おおじ[い])城とはどんな意味をもった城か?まずはここをご覧ください。
土気城郭マップ どんなところに城郭が設けられているか、ごらんください。見事に守りを固めています。土気の城郭群は土気の地域個性を示す大切な文化遺産です。一度失われたら二度と戻りません。大切にしましょう。
1/25,000地形図:

東金(南西) ・・・大椎・土気

茂原(北西)・・金剛地・本納

国土地理院の試験運用ページ。地形図閲覧システムの利用規定に注意。閲覧以外の利用はできません。「大椎町」の文字の上の台地が大椎城。「板倉町」の文字の上の台地が向砦。下の台地が板倉砦。その南西対岸が猪ノ台城。「あすみが丘9丁目」の「目」の付近が小山城。

 

千葉県文化財センター1998『第376集千葉県埋蔵文化財分布地図3−千葉市・市原市・長生地区(改訂版)− 』1998年6月。

千葉市史編纂委員会『絵でみる図でよむ 千葉市図史 上・下』1993年3月。

千葉市教育委員会文化課『千葉市遺跡地図』2000年

千葉市教育委員会文化課『千葉市史跡整備基本計画』1985年。

畑中雅子1996 『日本歴史地名 千葉県の地名』 小笠原長和監修 平凡社、1996年。

和田茂右衛門1978  『千葉市小字図 稿本 上・下』1978年。

 

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大椎城遺跡めぐり part 1(周辺 2002年4月21日)

大椎城遺跡めぐり part 2(城内 2002年5月19日)

 

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