千葉県の城郭資料
 

― 支川村田川左岸・市原市犬成ー


犬成城 (3)周辺

 
■外縁部

 城本体の外縁を歩いてみよう。

 第2郭の南西端、掘の外側に短い土塁状の高まりがある。写真中、高い樹木の箇所である。写真前方は第2郭の南側にあたる。この高まりの眼下(写真のすぐ右下)は急崖で、台地上から中腹の安立寺また東の谷にいたる道を見下ろす位置にある。この道を監視する施設だろうか。

 山中の道なき道を進み、主郭、北側の急斜面を見上げる。甲冑を身に付け、これをよじのぼるのは至難のわざだろう。

 東側と北側には腰郭が設けられているが、腰郭を通って、掘底に出た。写真は、掘底から合横矢の東側突出部を見上げる。比高8〜10mはあると思われる。土橋から見た映像はこちら

■安立寺

 

 安立寺(あんりゅうじ)。犬成城主郭から約150m。犬成城主郭から北東に延びる尾根の中腹の削平地に立地する日蓮宗の寺院である。この尾根の付近には平場がいくつかつくられており、屋敷地には土塁が設けられている。犬成城との関連が推測される。ただし小高春雄1999は犬成城の台地上の遺構と同一時期とみなすことには否定的である。

 安立寺と民家の境に設けられた土塁。安立寺や台地上墓地などの周辺には中世の石塔の一部が散見される。低地の鳥越塚とともに犬成城成立の背景として注目される(小高春雄1999)。

 

■内腰

 

 字内腰。北東から犬成城の主郭の北東下の細長い谷である。安立寺とともに犬成城の根古屋ないし関連の館があった可能性のある場所である。代官名主と伝わる家が所在する。屋敷には四脚門がともなっていた。谷の開口部は、比較的最近まで、土塁(写真の道の左側)と水掘の機能をもつと思われる池(右側)が配されていた。風炉型館址の可能性がある。

 湧水。内腰の台地側には何箇所か水場がある。

 字「内腰」の谷の奥は階段状の平場が数段、作られている。現在は荒地化しているが、数年前までは棚田として利用されていたようである。この上は犬成城の主郭である。「内腰」の字名から犬成城関連の屋敷地の存在が連想されるが、その可能性はないか。

 

■犬成神社

 

 犬成城主郭の北約400m。北東に延びる舌状台地の先端部の高所に位置する。かつては山王社と呼ばれていた。犬成城の物見砦ではないか、といわれているところである。参道の一部に土塁が見られる。

  ひときわ高いご神木の杉の大木を見上げる。遠目に識別できるランドマークである。遠景はこちら

小高春雄1999 『市原の城』 小高春雄発行。

千葉県文化財センター1998 『第376集千葉県埋蔵文化財分布地図3−千葉市・市原市・長生地区(改訂版)− 』1998年6月。


空撮 犬成城(1974年)   
1/25,000地形図:

海士有木(北東)

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犬成城主郭 北緯35度29分25秒,東経140度11分28秒

YAHOO 地図情報  寿福寺の南東約500mの舌状台地上

 

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