千葉県の城郭資料
 

― 支川村田川左岸・市原市犬成湯武倉


犬成城 

(1)概要と馬出(第2郭)

 

概要

犬成城遠景(北東の谷より)

 市原市犬成字湯武倉所在。多くの城郭研究者から高い評価をえている城郭である。→空撮 犬成城(1974年)

(注)「湯武倉」は読める人は少ないだろう。難解な当て字だが、「ゆーがや」と読む。「要害」(ようがい、千葉ではしばしばゆーげぇとなまる)に由来すると考えられる。地元住民もそのように理解している。なお「犬成」は現在、漢字の表記から「いぬなり」と呼ばれているが、古い住民は「いんなり」と呼ぶ。


(立地)
 犬成城の本体は、標高約80mの台地上縁辺部、東西約150m南北約200mの範囲に立地する。東側は支川村田川の刻む谷が南北にのび、急崖をなす。水田・低地との比高差は約50m。西側はほぼ平坦な台地面が広がり、西約500m付近で、浜野・生実と茂原をむすぶ通称茂原街道が南北に走る。
 台地から東の谷に下りる中腹にはいくつかの平坦面が造成されており、安立寺のほか土塁を持つ屋敷地が所在する。北西の小さな谷が入っており(字「内腰」または「打越」)、代官名主を務めたと伝えられる民家が所在する。谷の開口部にはかつては池と土塁が配置されており、館址の可能性がある。そのほか付近には金クソが見られるところがある。

(そのほか犬成城の周辺)

1.犬成向山城・・・・犬成城の南東約400m。犬成城と同じく台地縁辺部に所在。土塁と掘よりなる合横矢がのこる。ただし小高春雄1999は、中央部に土橋がないなどの点から、城郭としての性格について「判断にまよう」とし、牧の施設の可能性を指摘する。

2.鳥越塚・・・・犬成城より東北東約400mの低地、字「とりげ」に所在した中世の塚。長形30mほどのピーナツ形。調査の結果、12世紀末〜13世紀初めの常滑の壷、南北朝期以降の短刀数点が出土した(小高春雄1999)。

3.犬成神社・・・・北東に突出した舌状台地の先端部・高所に位置する。その杉の神木は遠目にも目立つ。犬成神社は犬成城の物見砦であった可能性を指摘する声がある。犬成城との関連は不明だが、犬成神社参道に土塁が見られる。

 

4.寿福寺・・・・犬成城の北西約500m。字「院内」に所在する日蓮宗の寺院。犬成城との関連は不明である。


(形態・城域)→空撮 犬成城(1974年)
 基本的に台地上縁辺部で南北に連なる2つの郭よりなる。全体として、西の台地基部側には大規模な掘と土塁をおき、北から東、南は急崖で、掘・土塁は見られない。必要最小限の、無駄のない構えである。急崖の東、北側には腰郭がまわる。南の第2郭は、西の台地基部側に虎口をもち、主郭である北の第1郭にたいする馬出として機能したと思われる。安立寺ほか、中腹以下の屋敷地・造成地が犬成城の遺構に含まれるかどうか、の点は、見解の相違がある。小高春雄1999は否定的である。
        (注)Yogoくんのホームページは、第3の郭の存在の可能性に言及している。

(性格)
 『城郭大系』等は土気酒井氏が市原方面に進出するための出城とする。小高春雄1999は、立地や小規模ながら発達した縄張などの諸側面を考慮し、時期としては元亀・天正(1570年代)を想定し、生実・浜野方面と茂原をむすぶ茂原街道との関連の、北条氏系の城郭と見ており、「近世宿駅の継場のような存在」と推測する。思うに、最終形態では、北条氏の「指南」の下、その配下となった土気酒井氏が設置・管理していたという可能性があるのではないか。それ以前の段階で、谷の低地に屋敷をもつ在地土豪の城として出発した可能性も考慮されるべきか。

 (注)落合忠一氏は、千葉一族の椎名三郎胤光の孫、醍醐次郎胤玄が上総市東に居住との記事に着目し、醍醐次郎胤玄との関連を考えていた。その系譜は、千葉常重−椎名六郎胤光−胤高−醍醐次郎胤玄 であり、醍醐次郎の活動時期は鎌倉期と考えられる。犬成城の最終的な形態と、醍醐次郎と直接むすびつけるのは、時期的に無理があるのはもちろんであるが、犬成城成立の背景として、付近に散在する石塔類や鳥越塚の存在と考えあわせると、興味深い観点である。

■馬出(2郭)

 城内に入ろう。城の西、杉林の中に第2郭の虎口(城の出入り口)がある。

 写真は2郭の虎口と土橋。西の台地基部側にある。主郭=第1郭にはいるためには、第2郭を通過しなければならない。第2郭は、一種の馬出であろう。全体の縄張り・立地は、土気城に似ており、そのミニチュアと見ることができるかもしれない。土気城も馬出的な郭を城域の先端部に設けていた。

 2郭の虎口の土塁。高さ1.7〜2mほどである。主郭の掘にくらべると低い。

2郭の西の掘。現状では、主郭を囲む堀に比べると浅い。

 主郭との間の空掘。こちらは格段と深くなる。掘底と主郭の土塁との比高差は8〜10mにおよぶ。これだけでも評判にたがわぬ城である。さらに主郭の方へ進むと・・・

小高春雄1999 『市原の城』 小高春雄発行。

千葉県文化財センター1998 『第376集千葉県埋蔵文化財分布地図3−千葉市・市原市・長生地区(改訂版)− 』1998年6月。


空撮 犬成城(1974年)

 
1/25,000地形図: 海士有木(北東)

国土地理院の試験運用ページ。地形図閲覧システムの利用規定に注意。閲覧以外の利用はできません。
犬成城主郭 
北緯35度29分25秒,東経140度11分27秒

YAHOO 地図情報 寿福寺の南東約500mの箇所です。

 

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