2005年9月20日受信メール

                   2005−9−吉日#3

馬場小室山遺跡の重要性に関心のある各位

「馬場小室山遺跡研究会」事務局

 

  「馬場小室山遺跡研究会」第16回ワークショップ開催の件

 

10/2「馬場小室山遺跡に学ぶ市民フォーラム」(後援:日本考古学

協会・さいたま市・さいたま市教育委員会)と10/1の「プレ・フォーラ

ム」の準備作業もいよいよ最終コーナーに入り、本日「プレ・フォ

ーラム」の資料集原稿を印刷所に引き渡します。

9/17に明治大学で行われた事前検討会に参加してきましたが、

発表者各人の思いの丈が議論の俎板に乗りますので、かなり突っ込

んだ内容になりそうです。

 

 さて、今回のパブリック・アーケオロジー10/2の最終準備作業と

して下記の通り行いますので、奮ってご参加頂きたく。

今回は一部大学院生の発表レビュー(市民向きへの改善対応)も

兼ねており、配布資料の都合がありますので、参加連絡を9/22

(木)までに「さわらび通信」か鈴木正博宛お願いします。

 

 

―記―

 

1.開催の案内:

1−1.集合日時:2005年9月25日(日) 10:30

1−2.集合場所:馬場小室山遺蹟の「小室神社」前

            その後、三室公民館 1F 講座室に移動

さいたま市緑区三室1946-5

phone048-873-2594
三室公民館は東浦和駅より馬場折返場行きバスで「松ノ木」

下車、北宿通りに向かって西へ徒歩10分(文殊寺の隣です!)。

1−3.パブリック・アーケオロジー活動内容

(1)「馬場小室山遺跡に学ぶ市民フォーラム」実行委員会事務局作業

・カメラマンによる馬場小室山遺蹟の撮影

(馬場小室山遺蹟の「小室神社」前に集合し、カメラマンを案内)

・当日配布資料の進捗確認と問題点などに対する緊急対応

・10/1・2全体の役割分担の確認と問題点の対応

 

(2)考古学実習入門(12)

・馬場小室山遺跡の「残存埋蔵文化財」を移動した「第2遺跡」の

資料と馬場小室山遺跡の未調査部分から造成工事中に救済・

保護した土器の整理を進め、約1,500点以上の保護・救済

資料の内、「土器型式」の細別同定が可能な約400点以上の

採拓が終わりました。

・今回も、その拓本を資料集として編集するための準備作業を行

いますので、各自、@ハサミとA青鉛筆、B口紅状のピット糊

を必ずご持参下さい。

・特に「加曽利B式」や「安行式」の拓本についての勉強には、

岩波文庫『大森貝塚』が便利ですので、必ず持参のこと。

 

2.【「馬場小室山遺跡研究会」の3つの柱】

2-1. 遺跡の重要性を示す研究のグランドデザインを明確にすること

馬場小室山遺跡の学術上の重要性を多くの方々に知って頂くため、そして

その重要性を持続・普及させるためにより客観化し記録する努力を行うべく、

「馬場小室山遺跡研究会」を立ち上げ、2004年12月26日の第1回ワーク

ショップから活動を継続しています。

具体的には、馬場小室山遺跡の成立と展開を、皆さんと考古学し、理解を

深めていきますが、考える際に考古学の基礎として必要なデータを、考古学の

専門性からスクリーニングした上で提示します。

研究会としてのゴール、つまり、どのようなデータで何を考えていくか、を示した

全体系がレジュメとして現在でも体系化の方向で進化しつつあります、筋金と

しての「グランドデザイン」で、これが全てを語っています。

一歩ずつ着実に解明の糸口を掴み、体系的に解きほぐしていきます。

 

2-2. 人類史としての「見沼文化」から馬場小室山遺跡を明確にすること

奥東京湾というと同じ様な自然環境と考えられがちですが、「見沼低

地」は大きな河川によって開析されている荒川低地や中川低地とは

根本的に異なることが、人類史としての展開を比較することにより

鮮明に浮かび上がり、地域研究のあるべき姿を土地活用面から再確認

することが出来ます。

長期にわたる縄文時代集落展開の特徴を分析し、「縦横遺蹟群研究」を

確立するのみならず、特に縄文時代以降の弥生時代と古墳時代では、

どうして縄文時代後晩期のような長期継続型の大遺跡が形成されない

のか、特に前期古墳の形成を支える新たな集落が何故進出しないのか、

自然環境の変動と適用に加えて、時代を画する社会変動との関係にも

見沼文化」として特性があることを明らかにします

また、縄文時代中期の集落論はジャスト・モーメントを求める輪切り

の集落論に特徴があり、馬場小室山遺跡における適用を試み、課題を

明らかにします。一方で輪切りの集落論では接近不能な、縄文時代

後晩期遺跡群の地域社会研究は、低地遺跡を含めた「場」の機能分散を

射程にいれた遺跡間関係の統合のみならず、海退後の内水面交通網を

背景とした遠隔地との緊密なネットワーク関係解明が鍵となっています

特に所謂「環状盛土遺構」と称されている集落にも伴存施設の構築に

地域社会の特性が明確に反映されており、「見沼文化」とすべき特性も

明らかにすることができます。

尚、埼玉県が古墳時代を文化事業の中核と位置付けているのに対し、

我がさいたま市の考古学は埼玉県の施策を補完すべく、そのルーツを更に

たどり、人類史として縄文時代から弥生時代(勿論、古墳時代前期も射程

範囲)を研究の中核に据えて、今後の研究活動を展開するための指針として

も「見沼文化」研究を策定した次第です。

 

 

2-3. 考古学が如何にして文化遺産をマネジメントすべきかを明確にすること

「馬場小室山遺跡研究会」は市民主導型を特徴とする日本における

パブリック・アーケオロジーの発展形態です。

以前から街づくりに対しては考古学の社会参加が課題であったために、

日本人類学会のシンポジウムなどでは「社会考古学」と呼んで新しい

考古学を提唱してきました。が、最近、パブリック・アーケオロジーの考え

方が紹介されはじめましたので、更に発展することを祈り、その概念を使用する

ことにしました。名称云々はさておき、行動する趣旨は、

市民の、市民による、市民のための考古学」を構築することです。

 

尚、本活動につきましては、2004年10月7日にさいたま市教育委員会文化財保護課長

に対し、「学術ボランティア」による支援として立ち上げるのでご協力頂きたい旨、文書と共

にご説明済みです。2005年度からは体制が新たになったようですので、市民の信頼と地域

社会に貢献する文化財保護行政を展望しつつ、本研究会の活動も当初の予定通りに

パートナーシップを発揮し、「馬場小室山遺跡に学ぶ市民フォーラム」実行委員会活動

の一環として位置付けることができました。

以 上

 

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