報道資料(4)

【『朝日新聞』 2004年11月17日夕刊 文化面 (単眼複眼)】

 馬場小室山遺跡調査の拙速   ―自治体合併で継続性は?  

 「国史跡級」ともいわれる、さいたま市緑区の「馬場小室山(ばんばおむろやま)遺跡」で、宅地造成にともなう同市の調査に対し「拙速」という声が広がっている。旧浦和市時代の発掘で重要性は認識されていたのに、合併でそれが引き継がれていないのではないか、との指摘もある。日本考古学協会も十分な調査を求める異例の要望書を提出。研究者らは行政に納得のいく対応を求めている。

 馬場小室山遺跡は約4万平方メートルの、縄文中期〜晩期の二千数百年に及ぶ遺跡。人面画付土器や土偶装飾付土器が有名だ。浦和市時代から何度も調査され、区画整理を前提にした83年の発掘までに、土器などが累積する盛り土遺構や複数の竪穴住居を確認。その名を冠した冊子が浦和市郷土文化会から刊行されるなど、学界では栃木県の国史跡・寺野東遺跡に匹敵する全国有数の遺跡との見方が強い。

 ところが、3市合併によるさいたま市誕生後の昨秋、遺跡に含まれる国有地約3千平方メートルを関東財務局が入札にかけ、宅地にされることになった。6月から市遺跡調査会が発掘。「まだ未調査部分が残っているのに終了するのはあまりに不十分」という声が出るなか、9月30日、さいたま市は最低限の調査は終えたとして発掘を打ち切った。

 「入札が市有地にする最後の機会だったのに。国史跡級と認識されながら、合併でうやむやになったのではないか」と地元の日本考古学協会員、鈴木正博さん。これに対し、さいたま市教委文化財保護課は「浦和市時代の調査も(遺跡は残さない)記録保存になっている」と話し、今回の調査地域を現状のまま残すことには否定的だ。「遺跡調査会から終了との報告を受けているし、利用計画もなく市が買い取ることは難しい。不十分というが、調査期間を2度も延長している。ただ、工事にはできるだけ立ち会って、遺物が出たら記録に残したい」

 浦和市時代に発掘を手がけた担当者の一人は「その貴重さを考えて一生懸命、調査した。でも、行政の担当者は何人も代わったし、情熱まで引き継げたかどうか」と困惑気味だ。

 周辺住民は遺跡が広がる小室山の保全を求めて5500人分の署名を集めた。日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会も2度にわたって適正な調査と保存を求める要請を出した。

 同対策委委員長の近藤英夫・東海大教授は「遺跡の公開や現地説明会など本来、行政がやらなくてはならない責任がなされていない」。阿部芳郎・明治大助教授も「全国で市町村合併が実施されているが、もし文化財行政内で遺跡の価値の認識が引き継がれていないとすれば、同じ問題が各地で起こりかねない」と不信を募らせる。

 文化財保護行政をめぐっては、大阪府藤井寺市の国史跡・はざみ山古墳が競売にかけられるという珍事が発生した。市民や研究者に不信を抱かれない誠実な対応が期待されている。

(中村俊介)

   ※原記事掲載写真説明   馬場小室山遺跡の発掘現場=10月、さいたま市緑区で

【出典】 『朝日新聞』2004年11月17日夕刊 文化面・単眼複眼  

 

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