山の歴史的景観 (千葉市緑区平山)

 


菱名古墳群

 

 

 たまたま通りかかって、道路沿いで削平を受け、かち割られた古墳(7号墳と仮称)を発見しました(2000年12月撮影)。『千葉市史』では菱名古墳群として菱名貝塚付近の6基の古墳を挙げていますが、園生貝塚研究会では10基としています。10基のうちのひとつでしょう。つい最近、削平されてしまいました(未調査)。現在はありません。

 

 すぐ近くの道路際にもうひとつ、古墳の残欠のような地形が・・・(8号墳と仮称)。同じくその後、削平をされ、現在は平らになっています。
 上記の2基の古墳がある個所を東から見ています。7号墳は矢印と旗の上あたり。8号墳はカーブの標識の上あたりです。道路の先が向菱名、平山大橋。菱名貝塚は写真外左、台地奥という位置関係です。1号墳から6号墳はちょうど菱名貝塚を取り巻くような位置に立地しています。菱名古墳群のほとんどは未調査のまま消滅しています。

 菱名貝塚の貝層端から東、100mほど、山林の中、鉄塔近くに2号墳があります。藪のためじゅうぶん形を確認できませんでしたが、それらしき高まりがありました。たぶんこれでしょう。距離をおいて全体を撮りたいのですが、樹木に遮られてうまく写りません。なお江戸時代の絵地図には立堀城と同じようなしるしがこの付近にあります。ひょっとすると、菱名日向守の屋敷跡はこのあたり?

 

平山の歴史的景観

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平山の縄文時代を歩く 2003年2月23日(日) 遺跡めぐり
主要参考文献【千葉市緑区平山】
 

 
(本文での出典は原則として著者名+発表年によります。より詳しい出典の情報はこちらをご参照ください。)
1/25,000地形図:

蘇我(北西)  蘇我(北東)
立堀城      平山城、長谷部貝塚

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◆立堀城の位置:北緯35度34分25秒,東経140度10分41秒 鎌取インターチェンジの北東約200m。

◆平山城の位置:北緯35度34分17秒,東経140度11分32秒 袖ヶ浦カントリークラブの北対岸。

 

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