遺跡めぐり
  2005年2月6日(日)

平山城をあるく 
(2)長谷部貝塚低地遺跡、中原古墳群、塚原古墳群など

― 千葉市緑区平山町 ―

 平山は、支川都川(仁戸名川)の中流域の谷奥に位置します。平山城の南対岸には、千葉県の史跡に指定されている巨大環状貝塚、長谷部貝塚。平山の隣の台地には、塚原古墳群が、その南対岸には中原古墳群所在します。いずれも立入り困難な場所ですが、下見で谷地(小字は「明見下」か)に、低地遺跡と思われる箇所(長谷部貝塚低地遺跡と仮称)を発見しましたので、これらの遺跡の立地を確認しつつ、谷地を歩いてみました。

遺跡めぐりのお知らせ (アクセス)
平山坂下(10:00集合) →平山谷地→新山古墳群・遺跡下→明見下→平山城・城内→平山集落→平山谷地→塚原古墳群・中原古墳群下→長谷部貝塚低地遺跡→平山城志久(宿)→新山→長谷部入口(12:00頃、解散)

■空撮 平山城・長谷部貝塚周辺 ■空撮 長谷部貝塚 (1974年)  ■巨大環状貝塚群(1) -東京湾北東岸  

1/25,000地形図:■千葉東部(南西) ■蘇我(北東) ■東金(北西)    
                               国土地理院地形図閲覧システム。閲覧のみ。

 

▲長谷部貝塚低地遺跡
 この上に長谷部貝塚があるはずです。小さな谷がはいっており、このあたりは船着場だったかもしれません。土器片のほか貝殻が落ちているところがあります。上から流れ込んできたのかもしれませんが、貝を上に運んだときの痕跡かもしれません。

▲長谷部貝塚低地遺跡と中原古墳群

 写真前方の台地上に中原古墳群が分布します。前方後円墳が密集していることで注目されましたが、ゴルフ場開発の際に調査され消滅しました。人物埴輪が出ていることも注目されます。円墳が数基残っているはずです。

▲塚原古墳群の台地(左前方)
 少なくとも前方後円墳が2基、円墳が4基あるはずです。「はそべ」という小字名も古代の何事かを物語っているような気がします。

▲土錘?土偶の足?
 数センチの小さい土器片ですが、何でしょうか?右は裏側で、窪んでいます。2つ合わさって、紐を通す穴になっていたのでしょうか。

 ▲貝殻と縄文土器片  ▲石斧の先端部。
                 ▲落ちていた貝殻
  (左上)ツメタガイ、(右上)アカニシ?、(左下)ハマグリ、(右下)ハマグリ
 ★間違っていたら、教えてください。

▲何千年ふりの貝合わせ?

 まさかと合わないだとうと思いつつ、上の二つのハマグリの
貝殻について、貝合わせをしてみたら、ぴったり合いました。
数千年ぶりの再会かもしれません(^^)

 
▲平山谷地−東光院方面
 すばらしい自然と歴史ののこる場所です。こういうところを守らなければならないとの意を強くしました。おつかれさまでした。
yygucciさん、たかしpart3さんに写真を提供してもらいました。感謝!!


平山城をあるく (1)平山城

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